反町隆史×大森南朋×津田健次郎のトリプル主演作『ラムネモンキー』が、登場人物たちの驚くべき才能を発揮する一方で、そのストーリー設定に関する厳しい批評を受けている。特に、主人公たちの記憶が37年前の出来事、すなわちマドンナ教師・宮下未散の失踪事件に関してあまりにも忘却されているという設定が、視聴者たちの心に強い違和感を抱かせているのだ。

Thumbnail

2月4日(水)に第4話が放送された今作では、主人公たちの過去と現在が交錯し、懐かしさを伴ったヒューマンコメディとしての側面が光っている。映像研究部の仲間だった吉井雄太(反町隆史)、藤巻肇(大森南朋)、菊原紀介(津田健次郎)の3人は、人生の岐路に立ち、彼らの青春時代の思い出に迫る中で、命を狙われた教師の死の真相を探っていく。しかし、ファンの視点から見ると、彼らがあまりにも多くの重要な記憶を失っているという点は、視聴者を強引さに感じさせるのだ。

物語は、1988年に起こり、今から37年前に失踪したマチルダを巡る奇妙なミステリーを中心に展開する。3人は再会し、教師の失踪の謎を解明するために立ち上がるが、彼らが過去の出来事をすっかり忘却していることに驚くばかり。特に、マチルダの失踪や上映会中止など、彼らにとって大きな出来事であったにもかかわらず、その記憶が改ざんされているという設定には疑問が残る。

視聴者は、「当時の友情の絆があったはずなのに、なぜみんな忘れているのか?」という思いを抱えつつ、彼らの必死に葛藤する姿に共感を覚える。しかし、果たしてこれがただのエンターテインメントか、それともリアリティを欠いた設定が観る者に不安を与えるものか、議論が巻き起こるのは避けられない。

また、最新の第5話では、主人公たちが、当時のマチルダについて質問する場面が描かれ、その人物からは「自分に聞け!お前たちは全てを忘れ去ったのに、すべてはお前たちの心にあるだろう」という厳しい返しが。これが示すのは、彼らが本当に当時の記憶を失いながらも、自分自身と向き合うことの難しさの象徴なのかもしれない。

このように、『ラムネモンキー』は懐かしい時代を舞台にしつつ、現在の過去への向き合い方を問いかける深いテーマを持つ。しかし、視聴者が求めるリアリティと共感につながる理由の提示がなくては、ただの「強引設定」とされてしまうのは危機的な状況である。今後の展開に期待しつつ、早くも反町隆史たちが抱えるこの課題に、視聴者とともに解決の道を見出していってほしい。